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古田貴之の病気や略歴について!結婚や子供についても!

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こんにちは〜ekukoa です。

 

 

先日は、透明テレビを見てビックリしましたね~

ブラウン管が無くなっただけでも

凄〜い‼️

と思ったのがついこの間だったような。。。

今度は、黒い物体すらも無く

まるでガラスです。。。

『 付いていけなーい‼️ 』

って感じですね。

以前(私の若い頃?笑)は、年配の方が

「時代についていけないわ〜」

と、よく仰ってましたが、

最近それが理解できるようになって来ました。。。^^;

 

今度は、ロボットですよ〜

付いて行けるかは別として、

興味だけはあるんです❗️

ちょっとお付き合いくださいね。

 

「古田貴之 画像」の画像検索結果

 

古田貴之

 

千葉工業大学未来ロボット

技術研究センターの所長さん。

ロボットを作る人はたくさんいるかもしれませんが、

古田さんのロボットに対する思いが

みんなとは違うかな?

と、思いました。

 

『不自由が不自由でなくなる』

『人と環境にやさしいロボット』

『感じて考えて動く機械』

 

■略歴

1968年、東京都生まれ。(父は医者)

2歳から7歳までインドで過ごす。

3歳、鉄腕アトムの天馬博士を見て

ロボット博士を志す。

14歳、授業中に突如意識が飛び昏睡状態に陥り、

2週間後目を覚ましたが、脊髄の難病にかかり

下半身麻痺、余命は8年と宣告される。

【しかし、奇跡的に復活!】

青山学院大学理工学部 卒業

同大学院 中途退学

 

病名を調べてみましたが、やはり

一般の方と言うのもあるのでしょうか?

特に詳しいことは、語ってないようです。

しかし、この病気・入院を通して、

 

「人生って自己満足劇場なんだな」と思ったんです。死ぬ瞬間どれだけ満足できるかなんだなって。そのとき僕は、ロボット技術で世の中変わったかな、というのを満足にしたいなと思いました。やっぱりいつか自分は死ぬけれど、技術と文化は残るはず。

 

入院患者を見ていて、

自分の"満足"は、

小さい頃からのだった

ロボット博士になりたい!

ロボット技術で文化に足跡を残したい。

という思いを、14歳で募らせたのですね。

 

みんなもロボットを持っている!?

 

私たちの生活の中に

ロボットが沢山いるって知ってました?

ロボットと言って思い浮かべるのは、

人の形をした、手足のある機械ですよね?

でも、それだけではないんですって!

ロボットとは「感じて考えて動く機械」

の事であり、形は問題ではありません!

どういうことかと言うと、

デジカメエアコンなども

ロボット化されて

まだ身近にはないけど、

自動車の自動操縦もそうなんですって!

知らないうちに、

自分もロボットを持っていた!

ちょっとびっくりです。

まだまだ、改善の余地はあるけど、

着実に進歩してますね~

 

不自由が、不自由でなくなる技術

 

「技術そのものがどんなに優れていても

仕方がないんです。

人が主役となれるようなものでなければ。

そのためにも、便利はもういいと思いました。

不自由が不自由でなくなる技術。

そういう技術こそ、

人を幸せにできる技術だと思ったんです。」

車いすは、便利だけど

不自由がなくなるわけではない、

もし、車いすに足がついていて

障害物も飛び越え足のように動くと、

不自由ではなくなる。

そこまで技術が早く向上するよう願いたいですね。

 

2011年の福島第一原発事故でも、

fuRoで開発されたレスキューロボット

「クインス」が使用され、

屋内の写真撮影をしていたそう。

 

ロボット開発の技術向上は

みんなの知らない間に、

どんどん進んでますね。

 

古田さんには愛妻家で、子煩悩だそう。

詳しくは紹介されてませんが、

技術向上に全力を降り注げるのも、

家族の愛あってのものでしょうね。

お体には十分気を付けて、

もっと、

 

『付いていけな~い

 

と、言わせてください。

楽しみにしてます!

 

 

Aloha nui loa ♥

 

ekukoa

 

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